力学

物を持っているだけでなぜ疲れるの?力学的エネルギーと疲労との関係とは??

黒豆:ああああ~、疲れた・・・。

のた:どっ、どうしたの??

黒:友人の引っ越しの手伝いをしててさあ。かなり重たい段ボールをずっと持ってたんだよね。それで腕が痛い・・・。ああ、疲れた・・・。

のた:そっ、そっか。それは大変だったね・・・。

黒:でもさあ、なんでこんなに疲れてるんだろう?だって私、

「別に段ボールを持ち上げた訳じゃなくて、ずっと同じ位置で持ってただけ」

なんだよね。

この場合って、別に私は段ボールに対して仕事をしてはいないよね。
つまり、私はエネルギーを消費していないはず。

なのになんで、こんなに疲れたのかなあ??

のた:ほぅ。面白い疑問だねぇ。

否!君のエネルギーは消費されているのだ!!

のた:実は、

段ボールを同じ位置で持っているだけで、黒豆のエネルギーはしっかりと消費されてる

んだよ。

黒:えええ、そうなの?何で??だって、仕事の定義って

力学における「仕事」の定義

仕事[N・m]=物体に加えた力[N]×物体の移動距離[m]

でしょ?

で、今回は段ボールの移動距離が0[m]だから、私が段ボールにした仕事は0[N・m]で・・・。

仕事とエネルギーは変換できるものだから、

段ボールに加えた仕事=私が消費したエネルギー

になるはずで、つまり私が消費したエネルギーも0なんじゃ・・・。

のた:うん、その議論は合ってる。でも、それは

「力学的エネルギーだけに限定した話」

だよね。

確かに、段ボールを同じ場所で持っているだけだと黒豆の力学的エネルギーは消費されない。

でも、エネルギーには他にもいろいろな形態があるんだよ。で、

今回黒豆が消費していたのは別の形態のエネルギー

なんだ。

もう少し詳しく見てみようか。

エネルギーには様々な形態がある

のた:この図を見てみて。エネルギーには主なものだけで、こんなにたくさんの形態がある。


(出典:信州大学e-Learning教材 「エネルギーの基礎的概念」

これらのエネルギーは相互に変換できるんだ。例えば、水の持つ位置エネルギーで水力発電をする、つまり力学的エネルギーを電気エネルギーに変換するみたいにね。

で、今黒豆が着目してた「力学的エネルギー」はここ。

で、今回の引っ越しで黒豆が疲れた原因となったエネルギーはここだ!!

黒豆:化学エネルギー??

のた:そう。黒豆は

「力学的エネルギー」は消費していなかったけど、実は「化学エネルギー」を消費していたんだ。

ここから先は化学や生物の話になるけど、簡単に説明するよ。

物を持つとき、筋肉は収縮する。筋肉の収縮には化学エネルギーが必要。

のた:アクチンとかミオシンって聞いたことない?高校の生物で習うはずだけど。

黒豆:ああ~、あれね。筋肉のやつね。

のた:(分かってんのかな・・・)そうだね、筋肉の収縮に関わるタンパク質だよね。


(出典:TEKIBO「筋原繊維「筋収縮のしくみ」筋小胞体やトロポミオシンの動き」

アクチンとミオシンは以下のように交互に配置されていて、アクチンがミオシンの間に滑り込むときに筋収縮が起こる

このようにアクチンを動かすには何かエネルギーが必要なはずだよね。
このエネルギーを供給するのがATPという物質だ。


(出典:Wikipedia「アデノシン三リン酸」

ATPが加水分解される時に発生するエネルギーにより、アクチンが動かされて筋収縮が起こる。

このとき発生するエネルギーは、ATPの加水分解という化学反応により発生した「化学エネルギー」だ。

つまり、

「化学エネルギーを消費することで筋収縮が起こる」

ってことだね。

そして、このようにATPを消費して化学エネルギーを消費することが疲れの原因なんだ。

なぜATPの消費が「疲れ」と関係あるのか。この辺りは「疲れ」をどう定義するかにもよるし、複雑なところだから今のところは考えなくてよいと思うよ。

とりあえず、身体の中で化学エネルギーを消費したから疲れたんだ、と考えておけばいいかな。

残る疑問:筋収縮を維持する場合も化学エネルギーは消費されるの??

黒豆:なるほどねぇ。つまり、段ボールを同じ位置で持っているだけだと力学的エネルギーは消費されていないけど、実は体内で化学エネルギーが消費されていたから疲れた、ってわけね。

でもさ、一つ疑問なんだけど。さっきの話って、あくまでも

「筋肉が収縮するときの話」

だよね。

今回の話はずっと同じ位置で段ボールを持っていた場合の話だから、

「筋肉の収縮が維持された場合の話」

だと思うんだけど。

筋肉が収縮するときにはATPが加水分解されて化学エネルギーが消費されるってのは分かったよ。でも、ずっと同じ位置で段ボールを持ち続けるだけなら、一旦収縮した後は筋肉は動く必要がないんだからATPは消費されないはずじゃない?

てことは、長時間持ち続けても疲れが増える訳じゃないんじゃないの??

のた:おお~、いいところに気付いたね。確かにここまでの説明だと、

「筋収縮を維持するだけの場合になぜ疲れが増すのか」

という疑問には答えられていないよね。では、もう少し考えてみよう。

単収縮と強縮

のた:実は筋収縮には「単収縮」と「強縮」という2つのパターンがある。定義は以下の通りだ。

「単収縮」の定義

単一の刺激によって引き起こされる筋収縮。潜伏期、収縮期、弛緩期の3段階に分けることができる。

「強縮」の定義

連続した刺激によって引き起こされる筋収縮。弛緩期が短くなり、収縮を持続する。

図で表すとこんな感じだね。

単収縮が連続して起こった場合が強縮だ。強縮が起こると筋収縮が維持される。

実は先の項で話したのは「単収縮」の話。単収縮が1回起こるごとにATPがいくらか消費されるってことだね。

強縮では単収縮が連続して起こっているんだから、強縮が起こる時間が続くだけATPが消費され続ける、つまりそれだけ疲れる、ってことになる。

だから、筋収縮を維持すればするだけ化学エネルギーが消費されて疲れるんだね。

黒豆:なあるほどぉ~。納得!!

まとめ

黒豆:エネルギーについて考えるときには、力学的エネルギーだけじゃなくて他の形態のエネルギーについても考える必要があるんだね。

のた:そうだね。高校物理だと力学分野では力学的エネルギーしか扱わないから今回のような疑問が出てきても仕方ないんだけど、物理や化学、生物の全分野を俯瞰すると答えが見えてくることもあるってことだね。

黒豆:そうか~。結局、分野を横断した知識が必要ってことだね。これからも勉強がんばります!師匠!!